男と女

 最終巻 KING OF AYODHYA が Amazon UK で発売になっている。アマゾン・ジャパンではまだ予約状態。ページ数が日本サイトでは544頁、英国サイトでは512頁になっているのはなんだろう。多分英国のほうが正しいのだろうが。いずれにしてもシリーズ最大の分量で、邦訳が三分冊になるのはほぼ確実。


 翻訳作業は第三巻『樹海の妖魔(仮)』も半ば、第1部「人間と怪物たちと」の終わり近く、カイケーイーの要求にダシャラタが屈するところ。ちなみにこの第1部タイトルはウィリアム・テンの未訳長篇からとったもの。


 このあたりは物語全体の大きな展開点で、前半の山場であり、ここを境にラーマ(とラクシュマナとシーター)はアヨーディヤーに代表される人間世界を離れ、「荒野」この世界では「森林」に踏込んでゆく。以後、最終的にラーヴァナを倒して凱旋するまで、人間世界には帰らない。


 ヴァールミーキ版でもそうだが、このラーマの親父ダシャラタは女に弱い。ラーマを追放しろ、自分の息子で次男のバラタを皇太子にしろと言うカイケーイーの要求は、アーリヤ族の倫理規定からしても筋違いだと拒否できるはずだが、ダシャラタはとにかくカイケーイーにぞっこん惚れこんで、一時は第一王妃たるカウサリヤーを含め、他の女は全部かまいつけなかったくらいだから、カイケーイーの論理があやしくても反論することもできない。一度惚れた女に男は頭が上がらないものだ。


 ダシャラタは軍事的才能はあって、20年前にアーリヤ連合軍を率いて、ラーヴァナの軍を一度破っている。コーサラ国をアーリヤ諸国最強の国に育てた統治者としての手腕もある。それを埋合せるように、おのれの健康管理や家の中を治めることについては、だらしがない。顧問である梵仙ヴァシシュタ導師も、内向きのことまでは口を出せないし、また出さない。


 結局そういうところに性格が最もよく現れる。政治家のスキャンダルは、だからむしろきちんと報道すべきなのだ。クリティカルな場面に当たっては、統治者の性格の弱点が国のシステムに大きな損害を及ぼすからだ。


 ダシャラタの場合も、女に弱かった結果、カイケーイーの横暴を許し、皇太子に決まっていたラーマは追放され、バラタは当然のことながら登極を拒否し、したがってダシャラタの死後、王位が空いてしまう。コーサラの民にとっては迷惑以外のなにものでもない。


 もちろんここでダシャラタがカイケーイーのわがままをおさえきって、そのままラーマを皇太子に指名していれば、『ラーマーヤナ』が生まれることはなかった。


 それにしてもここでダシャラタをやり込め、望み通りの結果を引きだすカイケーイーの芝居は見事のひと言。男など空威張りしているだけ、と言う彼女の言葉は的を射ている。