魔術師は誰だ

 初稿を書く Zoom 980 万年筆の筆の「すべり」が今一つで、そうすると原稿もはかどらない。今日はそれでも仕事を続けたくなったので、途中で Zoom 101 に換えて、一章あげる。障碍があっても翻訳を続けたいと感じたのは第3部に入って初めてで、ようやくノってきた証拠。よしよし。


 ヴァシシュタ導師はヴィシュワーミトラと一緒だと、謹厳実直、まじめ一筋で、にこりともしない印象だが、この第3部の始めのほうでは自分で仕掛けたちょっとしたいたずらを楽しむ風情を見せる。


 このヴァシシュタやヴィシュワーミトラのような見者(seer)、法術師(mage)は、西欧流異世界ファンタジィでは魔法使いの役柄、一番広く知られているところではまあガンダルフだろう。


 神々と人間の間にあって独自のステイタスを持ち、事実上不老不死、現実改変もできるほどの強大な力を持つが、厳しい戒律に縛られる身でもあって、事態の処理に直接介入はできず、あくまでも助言、助力に徹しなければならない。万が一直接介入すれば、破滅的な結果を招く。


 という辺りもガンダルフに近い。もっともガンダルフは性格付けが徹底されておらず、語り手がその正体を誤解しているけしきでもある。その点ではトム・ボンバディルとエントも同じだが。


 それはともかく、例えば『ドラゴンランス』のようなゲーム・ベースやそれにならったファンタジィでお目にかかる魔術師、魔法使いとは見者たち、特にヴァシシュタやヴィシュワーミトラたち「七仙」は、全く別の存在であり、役柄であるのは忘れてはいけない。


 ヴァールミーキ版ではヴァシシュタとヴィシュワーミトラの二人についてはその前身や関係、ヴィシュワーミトラが王から聖仙、さらには梵仙にまでなる経緯などが詳しく語られる。第一部など、ほとんどそれだけでできていて、ラーマ自身の誕生の話はごく一部だ。


 ところが、この二人、『ラーマーヤナ』全体の中では、前半でしか出てこない。後半は出てこないのだ。


 かれらの代りを果たすのがハヌマン、ということになるのだろう。ヒーローの補佐役を物語の前半と後半で全く別のキャラクターに代えてしまう、というのは手法としてもなかなか面白い。


 アショーカ版では見者たちの経歴などはあちこちで断片的に触れられる形だ。経歴はわからなくても、キャラとしては十分に立っている。むしろ背景情報が断片的で、限られていることでかえって興味が湧く。この辺の情報の漏らし方は実にうまい。常識として知っている読者も、全く知らない読者も、それぞれにキャラクターを楽しめる。