地名

 アショーカ版『ラーマーヤナ』に出てくる地名は聞きなれないものも多いので、整理してみよう。



◎アーリヤ七国(七王国
 ラーマの属するアーリヤ族がインドに入って建国した七つの国。
 ただし、七つ全部の名前は出てこない。本文中に出てくるのは

 コーサラ
 ヴァイデハー
 バングラール
 カイケーヤ
 ガンダーラ

 の五つ。


○コーサラ
 ラーマの故郷であり、七国中最強の国。ラーマの父、大王ダシャラタのもとでアーリヤ諸国の盟主的地位にある。
 王家は太陽神の子孫。
 その都がアヨーディヤー。『蒼の皇子』上巻はこのアヨーディヤーが舞台。
 アヨーディヤーは都だが、単なる首都に留まらず、コーサラ国の魂であり、すべてが集中する。時に古代ギリシア都市国家のように、アヨーディヤーすなわちコーサラ国と見えることもある。コーサラ国の大王も「アヨーディヤー・ナレシュ」すなわちアヨーディヤーの主と呼ばれるし、王妃たちや皇子たちも同様だ。

 このアヨーディヤーは同心円状に七重の城壁を持つ円形の巨大な都市である。広い街路が縦横に通り、中心に王宮がある。市内をサラユー河が貫流し、『蒼の皇子』上巻後半に出てくるように、ほとんど全市民を収容できる広大な河原もある。ただし、その構造は今一つはっきりしない。この辺がインド的といえばインド的なのだろう。インドの物語においては、空間や時間の整合性に重きを置かない。

 ちなみに現在インドのウッタル=プラデシュ州にアヨーディヤーという町がある。近年ヒンドゥー原理主義者による暴動で有名になってしまったところだ。しかし、『ラーマーヤナ』のアヨーディヤーはこれとはまったく別のところ、というのが定説であるらしい。


○ヴァイデハー
 コーサラの隣国で最も親しい同盟国。
 王家は月神の子孫。この点からもコーサラの王家とは「義兄弟」の関係にある。
 大王ジャナカは軍事力を嫌い、哲学思想=信仰の追求に熱心。
 都がミティラー。第二部『聖都の決戦(仮)』の主要舞台。
 ミティラーもアヨーディヤー同様、七重の同心円状の街。アーリヤ七国の都は基本的にすべて同じ構造とされている。


バングラール
 東方、海岸沿いにある。コーサラ大王ダシャラタの第一王妃でラーマの母であるカウサリヤーの出身地。


○カイケーヤ
 西方、山岳地帯の国。ダシャラタ第二王妃でバラタの母カイケーイーの出身国。
 約20年前、アーリヤ連合軍がラーヴァナ率いる阿修羅軍を破った〈最終阿修羅戦争〉の主戦場。


ガンダーラ
 七国中最も西方にある国。



 アーリヤ七国ではない地域として

○カンボージャ
 ここは何よりも名馬の産地として有名。古代インドには馬はおらず、すべて輸入された。



 重要な役割を果たす河が二つ。

○サラユー
○ガンガー

 どちらも聖なる河とされている。サラユー河はコーサラの都アヨーディヤーを貫いて流れる。幅もあり、かなりの急流だが、場所によっては淵もある。少年の頃、そうした淵の底を歩いた経験をラーマが回想するシーンが後のほうで出てくる。全篇で最も美しいシーンの一つだ。

 ガンガー河はいわゆるガンジス河のこと。その水(ガンガ・ジャラ)は悪を清める特別な力を持つ。河そのものが女神であり、かつては天界を流れていたのが、ラーマの遠い祖先の願いにより地上に降りた。この話は「ガンガーの降下」として一篇の神話となっている。



 アーリヤ七国はガンガー流域にあるとされる。そこから『蒼の皇子』下巻でラーマとラクシュマナが梵仙ヴィシュワーミトラとともに赴くのが

○バヤナカ・ヴァナ
 「恐怖の森」という意味。アヨーディヤーからは南に当たる。
 ここが妖魔タータカーのためにこの名前で呼ばれるようになる経緯については、本編の中で梵仙ヴィシュワーミトラやアナンガ僧院の聖仙アドランガが、ラーマたちに語る。


○ランカー
 大魔王ラーヴァナの本拠地である島。活火山があり、その噴火口を中心に巨大な暗黒の要塞が築かれている。この火口は地獄界へ通じている。
 物語の後半、とくに第五部『ラーマの橋(仮)』と最終巻『蒼の大王』では主要な舞台となる。
 一応現在のスリランカに当たるとされているが、アショーカ版ではインド本土からはかなり距離がある。