暴力

 ムンバイで起きた鉄道爆破事件には驚いた。
インドでは爆破や武装集団による一般住民の殺害などは、
そう珍しくないのだが、
ムンバイの事件はどこか「非インド」的な匂いもする。
といって、インドのことをよく知っているわけではなく、
ふだんネットで見ているインド国内のニュースに現れる暴力関係の事件とは
「ノリ」が違う感じがするというだけなのだが。


 我らが『ラーマーヤナ』の著者もムンバイ在住で、
しかも事件のあった鉄道沿線だ。
アショーカ本人は
あの時間に満員電車に乗っていることはないはずだから、
まず大丈夫だろうとは思ったが、
家族ともども無事とのことである。
もっとも、長男はどうやら一本か二本の差で助かったらしい。


 ムンバイは人口1200万を越えるメガロポリスだが、
共同体としての性格はまだ保たれているらしい。
著者関連のメーリング・リストで、
ムンバイ住民のメンバーが報告しているところでは、
事件で鉄道が止まったために帰宅できない人びとが大量に出たが、
夜中の1時半に自発的にビスケットと水を配布する人びとがおり、
早朝にはどこの病院でも献血者が相継いで
輸血用血液は十分確保されたそうである。
そして、朝には動きはじめた同じ路線が、
いつもの通りラッシュだった由。


 この事件は
我らがアショーカ版『ラーマーヤナ』には直接の関係はない。
しかし一方で、爆破事件を受けて、
現実のアヨーディヤーでは、
宗教関連施設の警備が強化されている。
ここでは、かつてヒンドゥー原理主義者による
モスク破壊事件が起きているからだ。
だから、この事件がまったく無関係であるとも断言できない。


 ただ、『ラーマーヤナ』に
政治的メッセージがあるとすれば、それは
「暴力では問題解決はできない」
という一事だろう。
アショーカ版『ラーマーヤナ』に暴力はふんだんにある。
それどころか、
最後の2篇はほぼ全篇戦いに次ぐ戦い、
ほとんど無制限の暴力の解放だ。
だからこそ、この物語はその暴力の無力さを語る。