「資料集」

 明け方はまだ曇っていましたが、
陽が昇るにつれて青空が広がり、
柔らかなひかりが射してきました。


 アショーカ版『ラーマーヤナ』の
英国版(インド以外の全世界で流通している版)には
各巻の巻末に "Glossary" が付いています。
本文中にたくさん使われている
サンスクリット語や現代インド各地の言語からの
単語やフレーズを著者自らが解説したものです。


 インドに生まれ育ったり、
インドの文物に深く親しんでいる人には不要でしょうが、
インド以外の英語圏の読者にとってはもちろん、
われわれのような門外漢にはたいへんありがたいものです。


 こういうものはいつでもそうですが、
巻を追うごとにだんだん内容が増えています。
日本版でもこの "Glossary" を「資料集」として、
やはり各巻の巻末に付けていますが、
各巻ごとに新たに増えた分を加え、
五十音順に並べなおします。
ですので、これもいちいち校正しなくてはなりません。


 もっとも、こういう「裏データ」は、
それだけ読んでいても結構楽しいものです。
物語の背後にある世界に
別の角度から光が当たります。
本文中ではおぼろげにしかわからないことが
よりはっきりわかったりします。
あるいは物語には生の形では出てこない要素が
見えることもあります。
この「資料集」は
ミニミニ・インド百科のようなものでもあります。


 翻訳する作業の上で、
否応なく何度も読むことになったわけですが、
この「資料集」を何度もくりかえし読んでいるうちに、
インドの世界、
いや、そこまでは言えないかもしれません、
少なくとも『ラーマーヤナ』の物語が展開している世界、
ラーマやシーター、ラクシュマナや、
ヴィシュワーミトラやヴァシシュタたちが
育ち、悩み、もがき、つまり生きている世界
の「空気」が、体の中に染みこんできた感じがします。


 そうしてみると
ごくささやかなものではありますが、
「資料集」には『ラーマーヤナ』からみた世界が
映っているようにも思えてきます。