トリックスター

 今朝は冷えた。
ようやく本格的に寒くなってきた。
週末、山中湖へ行ったので、寒さはそこから続いている。


 先週金曜日に
『樹海の妖魔』上巻のゲラを送り、
下巻はまだ来ないので、
ちょっとぽかんとしている。
他にやることはたくさんあるが、
気持ちがそちらに行ってしまっているので、
空いてしまっても他のことには手がつかない。


 『樹海の妖魔』では初めて本格的に出てくるキャラクターが何人かいる。
ラーマーヤナ』はキャラクターの入れ替わりが激しい。
前半と後半ではがらりと変わる。
1ヶ所だけ出てきて、強烈な印象を残すグハのようなキャラもいる。
この点『マハーバーラタ』は、
登場人物の数は多い割には、
比較的出入りは少ない。


 『ラーマーヤナ』後半の重要キャラの一人にヴィビーシェナがいる。
ラーヴァナの次弟。
羅刹にはまことに珍しい婆羅門。
当然服装もバラモンの姿。


 もっとも、ラーヴァナの兄弟はプラスティヤという、
造物主に連なる一族の直系で、
地上界=プリスヴィー・ロカの住人の中でも神々に近い名門である。
ラーヴァナも若い頃、
まだジェイと呼ばれていた頃は、
梵天やシヴァの熱心な信者だった。


 その後、いわばパンクになったラーヴァナと対照的に、
ヴィビーシェナはあくまでも敬虔な婆羅門である。
少なくともそうありたいと願い、
そうあるために努力している。


 ラーヴァナを兄として敬い、協力しながら、
その所行には常に諌言をしている。
ラーヴァナはむろん歯牙にもかけない。
が、弟として認めてはいる。


 ヴィビーシェナの地位は不安定で、
かろうじてその存在を許されている状態だ。
そのことを本人も認識している。
この人物のおもしろいのは、
おのれの無力を認めながら、
兄や同胞の羅刹たちを悔改めさせる努力を止めないことである。
無力を認めているから止めないのかもしれない。
止めてしまえば、
表向きは楽かもしれないが、
おのれの無力さを時々刻々とつきつけられることになる。


 追い詰められた状況と同時に、
ヴィビーシェナはひどく楽天家でもある。
絶望を知っているがゆえの楽天性ではある。
が、楽天的な態度とは、
つまるところ、絶望の裏返しではないか。


 だからヴィビーシェナは頑固だ。
この頑固さのゆえに、
のちにシーターをさらったことで
ラーヴァナをきびしく非難した際、
ついにランカーを追放されることになる。
そこでの「愚直」な羅刹の姿は
痛々しいものではあるが、
同時に滑稽さも含んでいる。
やはり、滑稽な姿は痛々しいからこそ滑稽に見えるものではある。


 そう、ヴィビーシェナは本質的にトリックスターだ。
本人にその気はまるではないが、
それゆえにこそ、最高に効果的なトリックスターになりうる。
ヴィビーシェナは周囲の状況を破る。
その存在がほころびの発端となる。


 そしてトリックスターはまた、「王」を作る。