ルビ

 アショーカは
英語で『ラーマーヤナ』を書いているわけだが、
その中にサンスクリット語ヒンディー語
名詞やフレーズが頻繁に使われる。
欧米の小説で言えば
ラテン語ギリシア語を使うのに近い。
英語では正確な対応物がなかったり、
物語に独特の雰囲気を生みだすために使われている。
なにしろ、『ラーマーヤナ』の舞台は
数千年前のインド、なのである。


 とはいえ、これがなかなか厄介なのは、
著者自身自覚していて、
原書の英国版には巻末に「資料集」をつけて、
こうした用語の解説をしている。
ただし、インド版の原書にはついていない。
今回の邦訳は本文はインド版に基いているが、
この「資料集」だけ、英国版についているものを使っている。


 英語でもないくらいだから、
日本語ではますます対応物がないものも多い。
中国と仏教を通じて入っているインドの文物も
そのままではあてはまらないのだ。
幸い日本語にはルビという手法があって、
欧米ものの翻訳でも駆使されるのは
ニューロマンサー』のような例もある。


 ただ、これも短い単語、
「祝福=アシルワーダ」とか、
「将軍=セイナーパーティ」
とかいうのはまだよいのだが、
ひとつの文章まるまる使われているところも
時々出てくるのが、処理に困る。


 そう言うところは
すぐ後ろにフレーズの意味が英語で示されている。
本来の読者対象であるインド人にとっても、
サンスクリット語はなじみはないし、
ヒンディー語の場合には、
欧文の発音表記に置きかえられていることは別にしても、
そもそもヒンディー語がまったくわからない読者も多い。
著者が主宰している英語のメーリング・リストには、
ヒンディー語とはまったく別の
マラーティー語や
カンナダ語母語とする人もいる。
英語はインド国内にあっても共通語なのである。
アショーカ版『ラーマーヤナ』が画期的なのは、
その共通語で書かれたこともある。


 それはともかく、
このひとつの文章全体にルビをつけてしまってよいものか。
かえって読みにくいのではないか。
そう考えて、
邦訳でも英語以外のフレーズをカタカナ表記し、
その後に日本語を改行してつけた。


 が、これもどうも評判が悪いらしい。
前のカナ表記が
わずらわしい、重複、ムダ
と感じられるらしいのである。


他にもっと良い表記方法はないものか、
と、この間から頭をひねっているのだが……