『マハーバーラタ』

 山際素男=編訳『マハーバーラタ』第一巻三一書房)が届く。
これで全九巻がめでたく揃い、読みはじめられる。


 『ラーマーヤナ』を訳す以上、『マハーバーラタ』もまた読まねばならない。
いや、読みたい。質量ともに『ラーマーヤナ』を有に凌駕する、世界最高の物語。


 長さにおいては『グイン・サーガ』の方が長くなったかもしれないが、質においてはどうであろう。


 『マハーバーラタ』を読む、といっても、ちくま文庫原典訳は訳者上村勝彦の急逝で結局中断してしまった。とすれば、ほぼ完訳といってよいものは他にはこの山際版しかない。しかし、この版、一冊平均5,000円ではおいそれと買うわけにもいかず、カネができると毎月1冊ずつ、注文していた。表向き品切れになっていたが、アマゾン・ジャパンでは注文可能だったので試しに出してみたら、ひと月経たずに届いた。


 品切れになると後の巻ほど入手が難しくなるので、最終巻の第九巻から注文していった。それ以後は、だんだん入手が簡単になっていった。頭のほうの巻はマーケット・プレイスでも出物が結構あり、しかも価格が半分以下なので、最後の二冊はそちらで買った。どちらも美本だった。


 第一巻の「後記」によると、山際版は M N Dutt の英訳 (1895-1905) をもとにしている。山際氏は『マハーバーラタ』の英語完訳は P C Roy によるもの (1884-1896) とこのダットのものの二つがあるとしているが、ロイは出版者の名前で、実際に翻訳したのは Kisari Mohan Ganguli である。当初、翻訳の完結に自信がなかった訳者は、未完になってもよいように自らの名を出さなかった。そのために、ロイの名前が残ったらしい。上村勝彦によれば、ダットの訳は先行のガングリ訳を手本にしている由で、ガングリ訳を誉めている。


 このガングリ訳は現在ニューデリーの Munshiram Manoharlal Publishers から、各巻千頁を超える大型ペーパーバック四冊として刊行されている。プロジェクト・グーテンベルクによる電子テキストもある。


 ガングリ版も2年前に買ってはあった。インドの本屋では見つからなかったので、アメリカのインド専門オンライン・ショップで買った。おかげで送料含め1万円。もっともアマゾンで見ると、とんでもない値段が付いているので、これでも格安だろう。


 一度読みはじめてはみたものの、冒頭部分は予想通り、かなりの難物。上村訳を読まれた方はご存知だろうが、本題に入る前の前段の話が相当に長く、複雑なのだ。


 この点は原典版ラーマーヤナ』も同じで、岩本裕による原典訳でも、第一巻はまるまる前振り、マクラであって、ヴァシシュタやヴィシュワーミトラの来歴や、アヨーディヤーの王たちの事跡などが延々と語られる。アショーカがこの部分をばっさり切って、いきなりアヨーディヤーに迫る危機から話を始めているのも無理はない。


 『マハーバーラタ』は全体の規模も『ラーマーヤナ』に数倍するが、前振り、マクラもまた遙かに長く、複雑だ。おまけに、ある物語の前提になる話が次々に遡って語られたり、本来枝葉の話が続いたり。この辺はインドの物語では得意の構造だが、続出する固有名詞もあって、うっかりすると混乱して、どの話がどこにつながるのか、わやくちゃになってくる。


 ということで、まずは日本語である程度話を頭に叩きこんでからでないと、英訳といえども完訳には歯が立ちそうにない。


 とはいえ、アショーカも名訳として推奨し、自ら座右の書として参照しているとあれば、このガングリ訳にもいずれは挑戦するしかあるまい。ちなみにガングリ訳の分量は約四百万語、邦訳換算四百字詰め原稿用紙四万枚、まさに『グイン・サーガ』百冊分である。